1. 仮説の前提
- 仮説を立てた目的
- 感情をコントロールするのではなく、感情が後から生成されるような演技と演技時空間を構築するための方法論の完成をめざす。
- 観客の存在という不確定的な要素といかに呼吸しながら演技するかを、即興という発想ではなく、演技に必要な一つの要素と捉え直すことを試みる。
- つまり、観客をひとつの変数として組み込み、公演のつど生成される演技を構築するための方法を確立することが、上演力学仮説の最大の目的である。
- 仮説を提示する対象
- 俳優(中級者以上)が使える理論にすることを目指している。
- しかし、まだ実践可能なワークの開発に至っていないため、すぐに俳優が使えるものにはなっておらず、現時点では演出論や演技論の域を出ない。
- よってまずは、上記の目的に共鳴する俳優や演出家と意見交換がしたい。このまとめは、上演力学仮説に関心を寄せてくれた(きっと少数の)誰かの協力を仰ぐためのものである。
- 想定する上演のスケール
- ゆくゆくは、小劇場から大劇場までを貫通する総合的な演技論に発展すると直感している。
- ただ現時点では、現在私が身を置いているキャパ150程度までの会場で使える演技論にフォーカスしながら理論を進めるのがベターと考えている。
- 依拠する理論・参照枠
- 物理学の理論、原理や法則のモデルを、演技論や演出論の思考のフレームとして援用する。
- これは決して演技を計算可能なものにし、俳優をロボット演劇のような再現性の極地へ束縛するためではない。むしろ「演劇における本当に最上限必要な再現性とは何なのか?」といった問題へ切り込み、仮に観客がじっと見守っているような環境じゃなくても力強く演技を自由に生成し、俳優が今よりもっと解放される環境をつくるための理論である。
- 私は上記のような、つど生成される演技を「弾力のある演技」と呼ぶ。この理論は、リアリズム・ナチュラリズムへの国民的傾倒が引き起こした、俳優を戯曲読解と感情型思考に押し込め、それらに特化したマシーンとして量産するような理論群とは一線を画し、より個人として知的に自立し、集団創作にタクティカルにコミットできる俳優像を提唱している。
- これまでの日本の演劇史で最も参考にできそうなのは「アングラ演劇」だ。特に参照したのは、梅山いつきの著書『アングラ演劇論』。そこから分岐して、日本の古典芸能、現代の芸能へのリスペクトへも深く結びついている。また補助線としてピーター・ブルックやスタニスラフスキー、平田オリザの演劇理論も部分的に用いる。最後に、引用はないが、渡辺健一郎『自由が上演される』や國分功一郎『中動態の世界』には大いに影響を受けたことも付記しておく。
2. 構成要素
ニュートン力学のモデルから考える「上演力学」
「力」を「仕事」に変えるのが演出である
さまざまな「力」
「エネルギー」とは何か
「慣性力」から考える欲求と障害
- 劇が俳優に与える「ポテンシャルエネルギー」
- 「質量」を変えるには
- 「熱量」とは何か
- 演劇をやりたい!から始まり千秋楽の拍手で終わる「上演の系」
- 熱力学「エントロピー増大の法則」で考える不可逆
- 熱の移動と「平衡」から考える退屈
- 第4の壁の有無が上演の「開放/非解放」を決める
- 相対性理論のモデルから考える「劇的質量」と「劇的重力」
- 「間」を「伸縮する時空」として考える